本記事は、「創薬 (wet) Advent Calendar 2024」(12月8日)参加記事です。
本記事では、2024年11月にNature Medicine誌に掲載された “TRBC1-CAR T cell therapy in peripheral T cell lymphoma: a phase 1/2 trial” (抹消性T細胞リンパ腫に対するTRBC1を標的としたCAR-T細胞療法:第1/2相臨床試験)という論文について、紹介したいと思います。
本論文は、University College LondonのMartin Pule先生ラボの成果となります。また、本臨床試験は、2014年にMartin Pule先生が創業したAutolus Therapeuticsという企業により実施されています(参考:ClinicalTrials.gov)。
Autolus Therapeuticsは、米国のNASDAQ市場に上場しており、再発または難治性前駆B細胞急性リンパ性白血病に対するCD19を標的としたCAR-T細胞療法 (Chimeric antigen receptor T cll therapy) に関して、FDAから承認を取得しています(参考:AUCATZYL)。
私は論文を落合フォーマットに則ってまとめていますので、それに則って論文を紹介していきます。
どんなもの?
本論文は、末梢性T細胞リンパ腫 (peripheral T–cell lymphoma: PTCL) に対するTRBC1 (T cell antigen receptor beta-chain constant domain 1) を標的としたCAR-T細胞療法(開発コード:AUTO4)の第1/2相臨床試験(LibraT1試験)の中間報告です。
先行研究と比べてどこがすごい?
これまでFDAなどによって承認が得られているCAR-T細胞療法はCD19やBCMAを標的としたB細胞性の血液がんに対するものでした。しかし、今回紹介する論文では、T細胞性の血液がんに対するCAR-T細胞療法の臨床結果について速報している点が、すごい点となります。
では、なぜT細胞性の血液がんに対するCAR-T細胞療法がすごいのでしょうか?
以下のような点から、T細胞性の血液がんを標的にするのが困難でした。
- CAR-T細胞製剤が正常なT細胞も攻撃してしまう可能性。
- CAR-T細胞製剤が、T細胞由来である自分自身を攻撃してしまう可能性
- 上記2点に応じて、Cytokine Release Syndrome (CRS)やimmune effector cell-associated neurotoxicity syndrome (ICANS)の発生、長期的な免疫系の不全状態が生じる可能性
技術や手法のキモはどこ?
上記の困難に対して、TRBC1を標的としたCAR-T細胞療法 (AUTO4) はT細胞のTRBC1/TRBC2の発現パターンの違いを利用することで、TRBC1陽性の抹消性T細胞リンパ腫を選択的に叩きつつ、TRBC2陽性の正常T細胞を温存しようとする画期的な戦略を提案しています。
α/β T cell antigen receptor (TCR) は大部分のT細胞と末梢性T細胞リンパ腫 (PTCL) に発現しており、α鎖とβ鎖がペアとなっています。また、β鎖の定常領域はTRBC1もしくはTRBC2遺伝子からコードされています。
PTCLがクローン増殖することを利用して、TRBC1陽性のPTCL患者では、TRBC1に対するCAR-T細胞がリンパ腫を攻撃するが、正常なTRBC2陽性T細胞は攻撃しない、という戦略になります。
AUTO4は自己のT細胞から製造され、TRBC1特異的CARコンストラクトとRQR8自殺遺伝子を発現するように設計されており、製造工程内で、TRBC1陽性T細胞を除去することで、T細胞の自己破壊を回避しています
どうやって有効だと検証した?
小規模な単群試験であることから、結果の解釈は、慎重に行う必要がありますが、
- 安全性は概ね良好
- 有効性に関しては、76人の再発/難治性PTCL患者から、TRBC1陽性の28人を選別し、最終的に10人に投与して評価し、評価可能な9人中6人(66.6%)で奏効が得られ、最高用量(450×10^6 cells)群では4人全員が奏効
議論はある?
末梢血中のTRBC1:TRBC2比に変化が見られず、TRBC1を標的としたCAR-T細胞による正常TRBC1陽性T細胞の減少が見られていない点が議論ポイントとして挙げられています。
In vitro実験において、健康な患者由来TRBC1陽性のT細胞にも細胞障害性を与えることが示されていたことから、正常T細胞の割合が減少することを予測していたが、予測が外れた形になっています。
次読むべき論文は?
- “Targeting the T cell receptor β-chain constant region for immunotherapy of T cell malignancies” (TRBC1/TRBC2を利用したCAR-T細胞療法による治療戦略を提案した非臨床試験に関する論文)
- “A highly compact epitope-based marker/suicide gene for easier and safer T-cell therapy“(CAR-T細胞の検出・暴走阻害の安全スイッチとしてのRQR8 fusion geneに関する論文)
を読むべきだと感じました。
(+αの質問)なぜこの論文を選んだのか?
アブストラクトを読み、B細胞性の血液がんに対するCAR-T細胞療法はあるけど、T細胞性の血液がんに対するCAR-T細胞療法は存在しないということを知り、同じ血液がんなのになぜ?と思ったのがきっかけできた。
CAR-T細胞療法に関する理解が低いと感じたので、本論文を読み、CAR-T細胞療法に関する勉強しようと思いました。
(+αの質問)自分の研究に活かせそうか?
以下の2点で、自分の研究に活かせそうと思いました。
[1点目] 承認取得に向けて、既存の承認済みの戦略を転用する
筆者らは、CD34とCD20それぞれの一部を組み合わせたRQR8という製造時の選別・体内での検出・CAR-T細胞暴走時のCAR-T細胞を殺す役割を持たせた融合遺伝子を用いました。
私が重要だと感じた点が、
- CD34は造血幹細胞をソートするための機器であるCliniMACS関連製品が存在する。
- すでに臨床で治療薬として使用されている抗CD20抗体(リツキシマブ)でCD20陽性細胞を殺すことができる。
です。
このように、すでに臨床で使用されているものを活用できないか?という観点は、実際に承認を取得するためや開発のスピードを高めるために重要な考え方だと感じ、自分の研究にも活かせる考えかと思いました。
[2点目]正常と異常(がん)との間の差に注目する。
今回の論文では、血液がんにはTRBC1が陽性だが、正常T細胞は、TRBC1とTRBC2のどちらかの細胞が存在するという点に着目して、標的を決めています。この論文を読んでいて、「これって、合成致死のアプローチと同じだ!」という2つの異なる概念が結びついた感覚がありました。
合成致死とは、
- 機能を補完しあっている2つの遺伝子XとYがあった場合、1つの遺伝子だけを抑制しても細胞の生存には影響はありません。
- しかし、がん細胞の場合、遺伝子に異常をきたし、どちらかの遺伝子(例えば、遺伝子X)が欠損している場合があります。その場合、遺伝子Yを阻害してあげると、正常細胞は遺伝子Xが機能して生き残るが、がん細胞は遺伝子Xと遺伝子Yの両方ともが抑制され、致死に至ります。
- このように、がん細胞に特有の合成致死性(上記例であれば、遺伝子Xがないがん細胞に対して、さらに遺伝子Yを阻害)を利用して、がん細胞を選択的に抑えます。
このように、がん細胞だけに特異的な標的が見つからないのであれば、正常には替わりになる分子があるけど、異常には替わりになる分子が存在しない標的に目をつけて、副作用を減らしつつ、効果を最大化するという戦略が合成致死です。
- 【分子標的治療薬的考え方】正常と異常に注目(0と1, 両者の差が1)
- 【合成致死的考え方】重要経路が2個、重要経路が1個(2と1, 両者の差が1)
- 【今回の論文】正常には、TRBC1とTRBC2が存在する。PTCLはTRBC1しかない(2と1, 両者の差が1)
TRBC1/TRBC2の違いや合成致死性という現象から抽象化して考えたところ、正常と異常の差に注目して治療標的を設定せよ、という考えに至りました。
今まで個別で考えていた概念が、統一概念に集約できたことで、理解の解像度が上がり、自分にとって大きな収穫となりました。
まとめ
CAR-T細胞療法の臨床結果に関する最新論文を紹介しました。今後も、細胞・遺伝子治療に関する論文紹介をしていきたいと思います。
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